>>706
一応は同時代史料である『円通松堂禅師語録』(遠江の禅僧の記録)にはこの明応三年遠江侵攻時の記述として、
「平氏早雲者、引率数千、乱入当州三郡、推落高城、殺戮官軍」
とある。
寺僧の記録は筆記された時期の判定が難しいが、
これをリアルタイムの記述と解釈すると明応三年八月には出家していたということになる。
出家した者が「餓殍満路、穹死不勝記矣」(上掲史料、同年条)の飢饉状況で更なる殺戮を働いていれば世話は無い。
 
伊勢盛時、ハゲまで四箇月。