>>695
> 1498年ごろ
> 幕府の権威が「完全に」失墜する確定期
 
それはあくまで西国の話であって地域偏差が大きい。
伊勢宗瑞がこれから否応無く取り込まれて行く関東では1450年の江ノ島合戦で既に幕威は地に堕ちていた。
否、既にその前段階で堕ちていたからこそ長尾景仲と太田道真は陪臣の身であの一挙を発動し得たと見るべきか。
 
時代に遅れた京都人の政治感覚を持っていたであろう宗瑞がそのギャップを突き付けられたことで、
永正六年(1509)以降の韮山伊勢家の急激な戦国大名化が触発されて行った過程を描く方が面白い。
その枠組で眺めれば伊勢の幕府切り捨ても一大決断というほどのものではなくて、
単にパワーゲームの中で組む相手を相対化されたAからBに替えただけということだったのかもしれない。