>>639
過去帳の記述にも筆記者の微妙な癖が出るようだが、
当該過去帳で本件の如き註記レベルの文言で人名を「[実名]公」とした事例は他にあるのだろうか?
特に記述時点で出家済の者を敢えて法号ではなくて実名で記した例が。
 
伊勢宗瑞出家:1494年八月以前
「長氏」自署例:1504年十二月 
南陽院殿逝去:1506年七月
伊勢宗瑞逝去:1519年八月
早雲寺創建:1521年
伝心庵創建:1521年以後?(※)
これらの前後関係にも何か取っ掛かりがありそうな、なさそうな。
 
【※註記】
1506年時点では伊豆伊勢家の本拠は韮山であって宗瑞妻を敢えて小田原に葬った蓋然性は低い。
北條氏綱の早雲寺創建に伴って南陽院殿牌所として末寺の伝心庵をも建てたと見るのが妥当か。
その場合「開基」が南陽院というのは名目上のもので、
現実には何らかの形で継承されていた南陽院殿遺領から創建費用を出したと考えるべきか。
(参考:『戦国大名・伊勢宗瑞』黒田基樹 / 『臨済宗大徳寺派祐泉寺HP』http://yuusen.g1.xrea.com/index_012.htm