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> 王(西陣南帝か?)が伊豆国三島に流れ着き

「此年霜月、王、流サレテ三島ヘ付キ玉フ也。早雲入道諫テ相州ヘ送賜也。 」
(『妙法寺記』明応八年条)
 
「流サレテ」の語釈の話になる。
文字通りに取ることも勿論可能なのだが、自分は当時の用語に鑑みて「流刑」と解釈している。
三島が沿海地ではない一方、伊豆國そのものは古来流刑地でもある。
 
だとすると。
仮にも皇族を捕縛流竄できる主体は幕府しかない。
厄介の種を伊勢貞宗あたりが伊勢宗瑞に押し付けて、
宗瑞は宗瑞で俺の知ったことかよ篦棒メとばかりに盥回し或いは始末したと読めるのではないか。
もはや幕府の措置は蔑ろにされ南朝系皇族が奇貨として扱われることさえない。
関東戦国のリアリズムをこの簡潔な記事に見るのだが、如何。