>>227
明応四年、堀越茶々丸が一時期「島」に亡命。
明応七年、半島制圧後も山内との島嶼支配権及び制海権争奪戦は続く。海上追撃戦などあった模様。
永正年間、長享ノ乱最終決着後も海上紛争継続。伊勢宗瑞の対上杉叛乱蜂起の一因と謂う。
 
作者氏が何処まで描くつもりかは知らないが伊豆諸島の状況描写機会は幾らでもある。