>>973
明応年間の状況を極大雑把に。
先ず、利根川(旧流路)を境に北東/南西に分ける。
 
北東側は古河と享徳ノ乱に於けるその与党の勢力圏。
古河御所及び奉公衆(簗田、野田等)、直臣(武田、里見等)、伝統的名族(佐竹、小山、宇都宮、結城、…)等々。
 
南西側が上杉とその家中、与党国衆の勢力圏。
長享ノ乱ではこれを概ね荒川の線で分けて北が山内、南が扇谷と思えば大外れではない。
実際には扇谷圏の東西両翼(葛西、由井)に大石(山内宿老)が差し込んでいたり相模の三浦が山内に就いたり、
逆に下野勧農城が扇谷方だったり…とマダラ模様の出入りはある。
とは云え長享ノ乱第一期(扇谷定正在世時)に於いて激戦地となったのは多く荒川流域だった。
 
また第一期には利根川の東岸即ち古河方は扇谷に就いたが第二期は山内に鞍替えした。
作中現在の明応三年四月は驚天動地の古河山内同盟の発覚直前に当たる。