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天文4年足利義舜(幼名亀王丸)が本村に移住し「宮原御所」と称したがその逝去後、同14年11月侍臣らがその追福のため明照院を開基したという。
北方に御所明神があって、近世には高家の宮原氏より春秋の供物があり、住職は武運長久の護摩札を贈るならわしであったと伝えられている。「市原市史」より

足利義舜という謎公方は山内上杉憲寛とは世代の異なる別人のようにも見える

雪下殿空然さん(生年不詳)
没年 天文7年10月7日

山内上杉憲寛(生年不詳)
没年 天文20年2月24日