>>376
> 息子の名前なんか完全に宣戦布告物
 
あれは笑えるほど露骨だな。
確信犯で幕府を挑発しに掛かっている。
あそこまでやられて黙っている権力者はいない。
ましてや万人恐怖様なら。
 
但しそれは物事の辿り着いた末と云うべきもので、
持氏の代に限ってさえそこに至る構造的経緯があった。
発端たる犬懸禅秀ノ乱の戦後処理に於ける禅秀残党の「京都扶持衆」化などはそれこそ幕府が鎌倉府に売った喧嘩以外の何物でもない。
そしてそれは東西二元統治システムの属性解釈の相違という、
謂わばイデオロギー対立に淵源するものだった。