>>367
> 持氏の身勝手が全ての原因
 
という属人的整理も可能だが、
足利義満以来室町幕府が事ある毎に鎌倉府を潰そうとしてきたことを思えば、
永享ノ乱は世代を超えた幕府と鎌倉府との相剋の不可逆な臨界点だったと云える。
そう捉えることで持氏や成氏の人的固有性は捨象される。
即ち列島二元統治システムそのものがいつかは迎えなければならない構造破綻だったと位置付ける方が享徳ノ乱まで包括的・整合的に理解できる。