まーじでどうでもいい話するけど胎界主のおかげで宗教の本質に気づいたわ
宗教というか人間の本質か?
人間がどういう場合に「努力できるか」っつーテーマなんだがよ、先ず俺が仕事中、ふいに気づいたのが、人間は意義を知らなきゃ努力できねーって話
「何のためにそれをするのか」を知ってなきゃつくづくやる気なんかでねーのよ。やる気がなくても他人の話を聞くとか駄弁るとかできるけど、本当にそれだけ
とりわけ生命の存在意義、生きる意義ってのは、謎なんだよな。だらだら生きることはできる。だらだら仕事することはできる。でもやる気を出して生きるのはハードルが高くなる
なんでだ?っていうと、それはつまり、生きる意義なんて知らねーからなんよ

逆に、生きる意義を知る、気力あふれる人ってのは何だろうか?
先ず思いつくのが家族、家族を守る意義を持つ人
では、その人から家族を奪ったら?きっと生きる努力も失うだろう。では、それから新に家族を与えたら?努力を取り戻すだろう

なら…そんな家族を持たない人は?あるいは家族がいても、守ることに意義を見出せない人は…?
そこで宗教だ
紛い物でいい。仮初でいい。真実なんてなくていい。ただ、自分を認めてくれる何かが存在してほしい…
そんなこんなで宗教が生きることに意義を齎してきたんだな。世に悪徳カルトが栄える理由だ