>>439
16世紀末から17世紀初頭の中部地方は天正の浅間山の噴火で大打撃を受けて以降ロクに復旧できてない状況やから
以降断続的に噴火は続いて慶長年間まで火を噴いてる
復旧作業頑張ってもまた地震と噴火物で台無しにされて、まさに賽の河原状態だったろうな…
その影響を無視して暴政だ苛政だ言っても空論でしかない
ついでに豊臣政権から徳川幕府初期は中世荘園の解体と国人層の大名被官化もしくは帰農と身分性の確立が進んで日本全国津々浦々で移行期の抵抗勢力の一揆が頻発した時期
一揆だ逃散だはどこでも起こっていたことで、あげつらうことでもないんよね
新規に配された少大名で何かと無理をせざるを得なかったのも確かだろうけど