一人で何でもできるとはいえ、秀吉でも計画が巨大化するにつれ未来形の事象については
読み違えを起こしながら来てる
島津攻めでは計画通り軍を進行できなくて殲滅前に時間切れ的に降伏を受け入れたし
小田原では現場に到着して矢継ぎ早に計画変更の指示出しをしてる

島津攻めのときには増水の時期の前に輸送を完遂できなかった現場に対して怒鳴っていたが
果たしてしそれは量的人的に遂行可能であると確証を得た上での計画だったのか
隙間なく組んだ上流工程に合わせて最適化した数字だったのか

前者的計画を組もうとすれば計画段階で物理的に可能かどうかを話し合える
現場リーダー的存在が必要だけど奉行がそういう役割を担えていないのなら
計画構想は「今ある情報の中では完璧」な計画になっていくのは止められなくなるだろうな