今の話の場面はいまだに1471年8月で、応仁の乱が終わるのはまだ6年も後の1477年だから、伊勢の小倅の新九郎が多少説得しても終結に向けた和睦なんか始まらないよ。
この場面であるとすれば畠山義就と大内政弘が和睦大反対を唱えるというシーンかな。畠山の家督の奪取が目的の畠山義就(途中で止めたら敵対する畠山政長から追討される)と、瀬戸内海交易や明貿易の権益で細川勝元とぶつかる大内政弘(博多商人=大内を支持、堺商人=細川を支持、みたいな構図もあったようだ)は、自陣の利益を確保できる目途が立つまで止めれないし、そもそも山名宗全ですら彼らに命令する立場ではなく同盟関係の盟主のようなものなので、そのへんも応仁の乱がなかなか終われなかった理由なんだろうし。

ゆうき氏はかなり色々な資料見てストーリー練ってるそうだから、新九郎がこの段階で和睦のトリガーを仕掛けるストーリーにはしないんじゃないかな?