>>96
それは違うと思うな。
足利義教は数多くの守護大名の当主をすげ替えさせ
よく言われる万人恐怖の状態を作り出した。
斯波氏、畠山氏、山名氏、京極氏、富樫氏の家督を替え
一色氏、土岐氏の当主を誅殺させた。
関東公方足利持氏を殺させ、結城合戦で持氏の遺児も殺した。
比叡山延暦寺を屈服させた。
みんな将軍の命令を聞かざるを得なかったということだ。
ただ脇が甘いのは確かで
赤松にだって宗家当主満祐に嫌がらせをしていたところ
満祐の子の教康から酒宴に招かれ
赤松邸に行って殺されるあたり脇が甘すぎる。
決して将軍に力が無い訳じゃない。

足利義政は政治に対する姿勢は腰が引けているが
新九郎奔るでだって斯波や畠山の家督に介入した
ところが描かれているし権力はある。
ただ政治のビジョンや姿勢が一貫しない。
管領細川や伊勢家だって有能だったはずだが
将軍に遠慮していろいろ出来なかったのでは
ないかな。