>>373
なかなか面白いものを見つけたよ
アングロサクソン年代記の1039年の項によると、この年にマーシア軍がウェールズに侵入して
ウェールズ地方の有力な王Gruffydd ap Llywelynの軍に敗れたのだが
この時複数の人の名と共にウェールズ人によってトルケルが殺されたとの記述が出て来るんだ
このトルケルは同名の別人の可能性もあるのだが、一方で当時の土地台帳を紐解くと
1033年までトルケルの土地の持ち主はトルケル本人のままで跡継ぎに渡されていなかった事が確認されている
この事も併せ、わざわざ固有名詞を載せるほどの有名人のトルケルはのっぽのトルケルだろうという説が結構有力なんだそうだ
トルケルがウェールズ人に殺されたなんてなかなか因縁めいた話だ
ちなみにGruffydd ap Llywelyn王は1052年にはイングランド人とデーン人の連合軍を打ち破り
1055年にはウェールズを統一している