「ハードウェアの暴力」で排他制御を無力化するという発想には見落としがある。Firedancerの高速化は単一ノードの性能を極限まで引き上げる「垂直スケーリング」の話であり、負荷を複数マシンに分散する「水平スケーリング」の話ではない。ソラナはある瞬間のブロック生成権が常に単一リーダーに集中する構造である以上、全体の処理能力の天井は「その瞬間の単一リーダーの処理能力」に一致する。地球規模で多様な需要を長期的に支えるなら、需要そのものを多数の実行環境に分散させる設計のほうが理にかなっており、これはイーサリアムのロールアップ戦略が採る工学的必然である。

ポスト量子暗号もSVM固有の優位性ではない。Falcon等への移行はチェーンを問わず必要な生存条件であり、イーサリアム陣営でもアカウント抽象化を土台にした量子耐性研究が進んでいる。

さらに興味深いのは、レガシー基盤やプライベート台帳の「実行レイヤー」としてSVMを組み込むという将来像だ。これは決済・信頼性を担う層と高速実行層を分離する発想であり、まさにイーサリアムが実践する「実行と決済の分離」そのものである。モノリシックな単一状態を優位性の源泉と論じつつ、SVMを他基盤の部品として構想する時点で、純粋なモノリシック思想は自ら手放されている。

AIエージェントによる秒間数千万件のマイクロペイメントという未来像自体には説得力がある。しかしこの種の需要こそロールアップの得意領域だ。単一リーダーが全世界の取引を順番に処理する設計は、需要が増えるほど単一のボトルネックに集中する。用途ごとに分割された多数のロールアップが並行して超高速処理を行い、必要な時だけL1で決済性を担保する構造のほうが、総処理能力は理論上はるかに高くなりうる。

なお、国際機関の実際の動きはむしろ逆方向を示している。SWIFTは2026年、Hyperledger BesuベースのEVM互換共有台帳をCiti・HSBC・UBSなど十数行とMVP稼働させ、BISのmBridgeも同様にEVM互換のカスタム台帳を採用している。SVMではなくEVMという技術標準が国際金融の実装レベルで既にデファクトになりつつあるのが現状だ。これはイーサリアムL1そのものが決済に使われることを意味しないが、EVMという言語・ツールチェーンの「エコシステムの重力」は、将来パブリックな流動性と接続する際にイーサリアムL1・L2群を最も接続しやすい相手として位置づけ続ける。

EVMの逐次実行を処理能力不足と批判する論法も前提が古い。イーサリアムは単一VM内での並列化ではなく、実行環境そのものを複数並行稼働させることで全体スループットを稼ぐ、ネットワークレベルの並列化を志向している。一つのVMの中でどれだけ並列にできるかで比べればソラナに分があるように見えるが、VMをいくつ同時に動かせるかで比べれば、ロールアップの数に事実上の上限はない。

流動性分断とブリッジの煩雑さは、唯一素直に認めるべき弱点だ。ただし共有シーケンシングやインテントベース決済による抽象化が進んでおり、過渡期の課題として扱われている。単一チェーンに全需要を集中させる設計自体も、分断の代わりに単一障害点への集中という別の形のリスクを抱える。

ヴィタリックの分散性重視を理想論と切り捨てる論法にも無理がある。誰でもバリデータになれる分散性は美学ではなく機能要件だ。高性能ハードウェアでしか検証に参加できない設計は、バリデータ集合を富裕な専門業者に限定し、少数主体の結託リスクを内包する。それでは既存の中央集権的決済システムをブロックチェーンの体裁で再構築しただけであり、SWIFTやBISが本当に必要とする「特定主体に依存しない信頼構造」という価値提案から離れてしまう。

総じて、Firedancerの性能向上は垂直スケーリングの話に過ぎず、多様で並行性の高い需要を長期に支えるにはモジュラー型のほうが理にかなっている。国際金融機関の実際の技術選択もEVM方向に傾いている以上、5年後にSVM一強で決着するという見立ては、技術的優位性の裏付けというより特定の未来像への期待表明に近い。