価格なんて実はどうでもいい。10%は10%であり、100円でも100万円でも同じく10%取れるのであれば本質的に同じ。

株であれ為替であれ原油であれ金であれ、クリプトであれ、いろんなマーケットの参加者とリアル世界で会話することがあるのだが、そのとき毎回思うことがある。
それは、ATHするか、ゴミ化するか、買いか、売りか、と言ったような二元論で思考を固定化している人が多いと言うことである。
実際にATHやゴミ化は%の問題であり上下なんどうでもいい。また、買いか、売りか、と言うのも
どこで利確するかと言う問題でしかないのでどうでもいい。
結局、同じものを違う表現で表現しているだけであり、やっているのは利確行動であり、
含み益があるうちに途中下車しているだけである。そこのATHやゴミ化や、売りとか、
買いとかの区別は必要ない。

こう言った本質を何故か誤認している人が多すぎてATH派vsゴミ化派、売り派vs買い派といったように対立構造になったりしているが、
はっきり言ってそのような認識はトレードの本質から逸脱しており、素朴心理学的な
誤認が生み出している無駄で不毛な対立である。また、そこに感情が加味されてくるから
心理的葛藤を正当化するためのバイアスが正当化され、自分の正しさに拘ろうとして、
上か下か、ATHかゴミ化か、という二元論によりいっそう染まっていったり、
自分の希望的観測を正当化するような情報にだけ重点を置くようになっていくようである。