渋滞は相変わらず、しかしその子には変化が現れてきた。

最初は苦しい表情と楽な表情がほぼ同じ割合だったが、いまは明らかに 苦しい表情が長い気がする。
そして額や鼻の頭には汗が浮かんでき始めた。
俺は心配する気持ちで見ていたが、その子がその何かに堪え忍ぶその姿に、何か体の奥からこみ上げる物を感じ、実は勃起していた。

渋滞は少しは解消し始めたようだった、しかし歩いた方がまだ早い事に 違いはない。
その子の方は更に悪化している。
もう楽な表情は浮かべない、ずっと苦しそうな表情だ。
俺はふと時計を見た。 
さきの電光掲示板から20分ほど経過している。
もし日本道路公団の情報通りなら、あと20分程でPAに到着するだろ う。

しかしその子の方は、誰が見ても限界が近いのが分かる程だった。
額からの汗はまるで蓮の葉を落ちる水玉のように流れ落ち、下唇をぎゅ っときつく噛みしめ、太ももを堅く閉じ、その上に置いた両拳は微かに 震えていた。
その時ウィンドウの前から緑の看板が目に飛び込んできた。
「△△PA、あと1000m」

俺は多分間に合ったであろう事を確信し、少し浮かれていた。
座席の隣に座っただけ、もちろん名前も住所もその子がどんな子かも知らない。ただこの2時間弱を隣で過ごしただけ。
だけど俺の中では何かをやり遂げた彼女と、それを見守った俺。
オリンピックを見終わった後のような、清々しい気持ちだった。


しかし、彼女は限界だった・・・。

バスの中に突然とてつもない異臭が広がった。

後日、同僚たちは「いきなり凄まじい香りだった」と言ったが、俺には音も聞こえた。 湿った音で、柔らかい物と液体が同時にひねり出されるような。 
しかし同僚には酒が入ってもその事を言わなかった、いや 、その後に見た物を思い出すと言えなかった。

彼女は、ただうつむき泣いていた・・・。

その後PAに入る迄の10分の間で、乗客は多分全員理解した。
扉が開くと彼女を除いた皆が先に降り、彼女は最後に降りた。

俺の前を小走りに駆けるその子の後ろ姿が目に入った。
スカートのおしりの部分から下が濡れ、ふくらはぎの裏ろ踵に何か茶色の物がついてた。

出発時間になり彼女は最後に戻ってきた。
汚物は洗い流してあったが、スカートはもちろん濡れたままだった。
よく戻ってこれたなとも感じたが、PAで徒歩で降りてもどうしようもないなと思い直した。
彼女はその後は泣かなかった。

いや、目には涙を溜めていたが、唇を一文字に閉じてずっと窓の外を
眺めていた。

目的地に着き、彼女は立ち上がると自分で汚した座席をハンカチと首に巻いていたスカーフで拭き取りそれをハンドバックにしまい込んだ。
そして降りるとき運転手に、深々と一礼した。
まるで一般の人が皇族の方に礼をするように。

濡れたスカートのまま遠ざかって行く彼女を見て、俺はバスの中で感じた邪な想いが唾棄すべきような気がした。

その晩のビールはいつも以上に苦かった。