奴隷は、奴隷の境遇に慣れ過ぎると、驚いた事に
自分の足を繋いでいるBTCの自慢をお互いに始める。
どっちのBTCが高値だったか、などと。
そしてBTCに繋がれていない自由人を嘲笑さえする。
だが奴隷達を繋いでいるのは実は同じたった1本クソのBTCに過ぎない。
そして奴隷はどこまでも奴隷に過ぎない。
過去の奴隷は、自由人が力によって征服され、やむなく奴隷に身を落とした。
彼らは、一部の甘やかされた特権者を除けば、奴隷になっても決してその
精神の自由までをも譲り渡すことはなかった。
その血族の誇り、父祖の文明の偉大さを忘れず、隙あらば逃亡し、あるいは
反乱を起こして、労働に鍛え抜かれた肉体によって、肥え太った大口を血祭りにあげた。
現代の奴隷は、自ら進んで奴隷の衣服を着、首に屈辱のBTCを巻き付ける。
そして、何より驚くべきことに、現代の奴隷は、自らが奴隷であることに
気付いてすらいない。それどころか彼らは、奴隷であることの中に自らの
唯一の誇りを見い出しさえしている。
             (リロイ・ジョーンズ 1968年、NYハーレムにて)