もし90年代に亡くなっていたら、大きく取り上げられていたのかな
ハミ通の看板漫画家だった頃と、ビームで離婚した鬱漫画家という芸風で
売り出していた頃と、90年代でも前半と後半でかなりポジションが違うんだが
ちなみに90年代半ばは、ファミコミでトル玉と防衛やっていた頃か
まだ離婚はしていなかったが、しあわせで開眼した、唯一無二の
そねみ作風が完成した時期
90年代の玉さんは1年1年の中身が濃いな、作風も、作家としてのポジションも
同じアスキー(アスペクト)内ながらどんどん立ち位置が変化してゆく、激動の10年間だったな
ひび割れという10年一日みたいな漫画を描いている今では信じられない

関係ないが、週刊ハミ通で、玉吉がカービィ星に旅立った直後は、いや、
もうファミコミでトル玉の連載が始まった時期でさえも、
まだファミ坊は、ヒロポンに「ファミ通で(玉吉の)連載再開させてよ」
ってハッパかけていたという裏話を後年知って驚いた。
ファミ坊にしてみれば、あれは完結じゃなくて、あくまで一時休載のつもりだったんだな
それどころか漫画専門誌で16ページの漫画を描くよりも、ファミ通に帰って来てほしかった
その意気に答えて、漫玉を描かずに、しあわせを95年頃に復活させて21世紀になっても
延々とハミ通で続けていたら、その後の玉吉の人生もいろいろと変わっていたんだろうか。