玉吉の描く狂人ビロボンに合わせて自ら人格破綻者に寄っていったとあったが
実はそれが一番の理由ではないかと思う
元々が生真面目で悩んだり凹んだりする機会が多かったんだと仮定したら
あの超然かつ飄々として愉快な作中ビロボンの何とミリキ的な事か
俺はああなりたい、ああなるべきなのだと強く念じ入ったのではと想像するに難くない