村人の役割が、トルフィン教祖の踏み絵をさせられる事だけで
教祖の思想に従うものは善であり、やってる事はどうであれ善の側として肯定されて
思想に逆らうものは、愚者として悲惨な死や破滅を迎えるという
史実に基づいた開拓民が協力しあって新天地で、生活基盤を築くとかじゃなくて
幸村先生が、学校で教わっただけの戦後平和主義を無理やり持ち込んで、それを当時の村人に踏み絵をさせて死に様を晒すという
基本コンセプトが鬼畜で狂信的な、カルト教条異端審問マンガなんだよな
最初からそうだし、ケティル農業とか露骨に顕著だったけど
今の開拓編は、完全にそれになってて
自衛派を射殺すのは平和的に当然だけど、非暴力主義だからしない
だから海賊船長に殴らせたり、相手の兵士に殺させて始末とか、1番殺意と暴力的解決を心の底で渇望してるのがマキビシ幸村先生なんだよな