>>35
なるほどね。
珠厳は若年で出家した際、大寺院で荘園管理の実務経験の可能性があるかもってことね。
経験を活かすのと備中伊勢氏の中でポジション作る意味で荏原政所ね。

あと備中伊勢氏では、新九郎の父・盛定は仮名が八郎で、盛
頼の父・盛景は九郎なので、もしかしてここは兄弟の順が
逆で盛定が兄なんじゃないかなと思ってる。

また盛綱の子の盛富、盛景、珠厳と、盛定、珠徹で、
母が正室、側室と違うのではないかと想像してみた。
盛綱が正室、側室どちらの実家にも気を遣わねばならない力関係ならば
長男・盛富は嫡男として一番良い丹後国の所領を継がせ、
盛綱の妻Aの子・盛景と、盛綱の妻Bの子・盛定で、
備中国荏原郷を分割相続させるのも分かる気がする。

でも応仁の乱が始まると、東軍の伊勢家としては
京から荏原まで道中すべて東軍が守護の国々で
帰郷も所領経営もやりやすいが、
丹後国は西軍の一色氏が守護なので
盛富は嫡男ながら経営しづらい所領だったはず。