相手次第の受身で主体性がないかもしれんが侑の「好き」が燈子先輩に受け入れられる再適格は
「好きは相手を縛る呪縛の言葉」なのを逆手にとって「私、侑を好きな先輩が好き」と告げることなんかなと思った
「私が好きな先輩は私を好きな先輩だから私を好きにならない先輩は好きじゃない」と言うことなら先輩的には文句のつけ様がないんじゃないかな
まさか「私が侑を嫌いになっても侑は私を好きなままでいてね」となるような屑ではないと思うからな