>>35
既に趨勢が決して天下布武していた信長が出来なかった事は天下取ではなく、信忠への委譲完遂だったのよ
信長はあの時代すでに後見に下がっていて、少数の供のみをつれて諸国漫遊して各国の武将に今後の事を頼んで回っていた総決算の時期にあたる
それを自分の死で台無しにしたという思いがあってそれを豊久に突っ込まれてた
お互いに息子じゃなか!親じゃねえ!という感じの言い合いはみていて切なかったな
信長はいい加減、歳なのと、自分がやるととんでもないことになる&豊久なら下々が素直に従い惨事にならない事を察して豊久を据えようと画策する
豊久が居なければ自分でやってたろうけど